イッセイミヤケ

イッセイミヤケ:ISSEY MIYAKE 三宅一生、1938年広島生まれ。64年、多摩美術大学を卒業し翌65年に渡仏。パリ・クチュール組合の学校でデザインの勉強に没頭した。過程を終了した三宅は、兼ねてから望んでいた“バレンシアガ”のもとで働く事を希望したが、“バレンシアガ”は68年に引退してしまったため、“バレンシアガ”のエッセンスが色濃く残る“ジバンシィ”のもとで働き、キャリアを積んでいった。 1970年代に入ると三宅は日本に戻り、東京に“三宅デザイン事務所”を設立し、その後ニューヨークやパリで自社ブランドによるコレクションを発表。75年にはパリにブティックをオープンした。 イッセイミヤケのデザインの核となっているのは、従来のシルエットを形成するにあたり、着る側がある程度、服に合わせなければならないものと違い、着る人のために服が存在し着られる事によってデザインそのものが生きてくるとゆう考え方に基づいている。 イッセイミヤケのそういったコンセプトにより作り上げられた服は、着るものに着心地の良さと独特のフォルムによるオーラをあたえた。 三宅は素材にも徹底的な拘りを持ち日本の伝統的な素材を用いて巧みに現代への投入を図り、高度な加工技術と相なりモード界に衝撃をあたえるアイテムを誕生させた。1993年、パリ・コレで発表された“プリーツ・プリーズ”がそれに当たる。 クレープ地のようにしわが初めからある素材を裁断するのではなく、裁断と縫製を終えた後にプリーツを施すといったもので、プリーツの技術は50年代からすでに存在していたのだが、モードの世界に本格的に取り入れファッション性を発揮させる手法として確立させたのは三宅が先駆者といえる。 イッセイミヤケは1999年、東京コレクションで“A-POC(A Piece Of Cioth)”を発表。帽子、ドレス、ソックス、バックなどでコーディネイトされたファッションはメッシュ状の切り取り線があり、切り離すことによってミニ、ロング、長袖、半袖を切り替えるといった工夫が施されており、着るものに選択の自由をあたえる画期的なものであった。 三宅は現在、“ISSEY MIYAKE”を滝沢直己に任せ、“A-POC”に藤原大と共に没頭している。その時代ごとのファッションの在り方について追求する傍ら、若手デザイナーの育成にも努めている。 イッセイミヤケ イッセイミヤケ店舗情報 ISSEY MIYAKE青山 住所 東京都港区南青山3-18-11 ヴァンセットビル1F、1B Tel. 03-3423-1408 ISSEY MIYAKE六本木ヒルズ 住所 東京都港区六本木6-12-4 六本木けやき坂通り 1F 営業時間 11:00〜21:00 Tel. 03-5772-2777